パクリ問題

まとめサイトなどでのパクリ問題がホットな話題だ。

Twitterなどで、とにかく画像や文章のパクリが多く、またそれについて罪悪感も持っていないユーザーが増えた。

そもそも引用と盗用の違いを理解していないユーザーが多くて、著作権の考え方のもとでは、引用リツイートやリブログなどとコピペは全く違うし、引用は参照元を明らかにしなければならない。

だがちょっと記憶を遡ってみれば、90年代ごろのインターネットの世界においては、WWW上に公開された画像や文章は自由に使って良い共用財で、使われたくなければ公開するな、というような風潮も(暗黙的に)あったように思う。

一時期インターネット上での情報価値が高まり保護を強化する動きが強まって萎縮していった気がするが、今はなんとなく90年代ぐらいの展開していく感じに戻ったような気がしている。

創造した物=全て著作物=守られるもの、という仕組み、またその期限を延長しようというような動き、それは本当に人類の未来のためにある仕組みだろうか?

現代に起こっているクリエイティブ人材の流出問題

「もともと制作にすごいできる人が居たんだけども、急にやめてしまって、欠員が出た。だから募集しています。」

みたいな企業が世の中に多く存在する気がしている。

そのスタープレイヤーは、雇用した時はまだ新人だったが、当人に仕事が集中するあまり、自動的に成長していって、気づけば何でもこなす人になっている。

周りも「すごいすごい」「頼りになる」と言うものの、給与や休日などの待遇面では、当初雇用時の契約のままであったり、他部署と同様の賃金体系で、年功序列であったり、年1回の微々たる昇給であったりとか、とにかく人事的な評価に繋がっていない。「声」の評価は高まっているのに「金」の評価が高まっていない。

クリエイターの中には、前者があれば良いという人も多いけども、後者も当然重要だ。前者と後者のギャップが大きくなれば、当人に問題意識が芽生えてくる。

このことに人事や上司が気付かずにいると、突然辞めてしまうのである。それは周囲からすれば「突然」なのだが、当人には積もってきた何かがある。

このパターンは、おそらくデザイン事務所などのクリエイティブ人材が多い企業というよりも、中規模以上の営業部や製造部などがある中のクリエイティブ部門において発生しがちだろうと思う。

こういった企業は、「またあの人みたいなスタープレイヤーが来ないかな」と救世主待ちの状態に陥っているが、実際は、絶対に来ない。なぜなら、待遇面の改善、システム改善がなされていないし、それを問題とさえ思っていないから、そこで働きたいと思うスタープレイヤーはいない。いたとすれば、その人はボランティア精神にあふれている。

終身雇用の時代であれば、そこそこ働いて給与も上がっていって良かったのだが、もはや労働が流動的な時代。「すごいできる人」は他社でも通用するスキルを持っているだけに、簡単に流出してしまうのである。

世代を超えた競争時代の到来

元来、年長者は(形式上だけでも)尊敬の対象であった。大人はなんだかんだいって、若者より色んなことができる。実はそれは幻想で、本当は年長者も若者も能力差はなく、ただ現代社会形成という面において、年長者は有利であったのだ。社会ではなく個人間の競争になったとき、その論理は崩れる。デジタル化の進行による高級製品のコモディティ化(特にパソコン)と情報通信の進化によってそれが現実のものとなり、世代を超えた競争が始まる。

と、私はかねてから思っていた。だが、実際はそれが思ったより早く進行してきているようだ。

これまでの時代は、監督の演出に沿った良い役者となることで売れっ子俳優になり得ていたが、現代の役者たちはカメラや照明を自由にいじることが可能になったため、脇役として出演していてもいきなり主役のシーンを作ることが可能になったのだ。(それは機材が安価に、デジタル化で操作が容易になったために、若くして機材を入手したり、操作を練習することが可能になったので、監督との技術レベル差が相対的に低減したからである)

これまで大人たちは、監督権限を握っていたので、照明やカメラを向ける対象は監督の気に入った役者が中心であった。だから監督に気に入られることが最良の出世方法であったのだ。ところが、照明やカメラを自由に使える現代の役者たちは、監督の言うことを聞く必要がない。そうなると、監督は威厳を失うので、ただ監督という「ポジションにいる」だけでは示しがつかず、本当に照明やカメラの当て方が上手いかどうか、演出が上手いかどうか、ということが問われるようになってきたのである。

つまり、技術力とプロデュース能力のある人材は若くても、老いても同様に活躍できる。そういう時代になってきたわけである。しかも若いということは発想の自由さも合わせ持っており、強みである。逆に年齢を経たものは、経験を積み重ね続けなければ、ますます不要になっていくのである。

もう「監督」という肩書きは意味をなさなくなってきた。なぜなら、誰もが「監督」も「役者」もやる時代であり、「監督」たり得るためにはただ他の監督より優れているだけでなく、役者・照明・カメラマン…その場にいる全ての人間より優れた「監督」能力が必要なのである。

タイポ子の部屋(1) Helvetica

helvetica

 

ヘルベチカ。

スイスで生まれたこの書体は、まさに永世中立国。

でかい級数で見出しとして使っても、小さな級数で本文として使っても、派手なグラフィックでも、落ち着いた書籍であっても、使って安心。

質実剛健で、信頼度が高い。裏切らない書体である。愛しています。

だが、ヘルベチカにも弱点はある。

ロゴタイプで使いたい時に、Rの足先を処理しなければいけない
(※あくまでも個人の感想です。)

実は、ヘルベチカには先祖がいる。HaasGroteskという書体だ。この書体はなんかもうバウハウスという感じ(?)
この書体から移植してくれば、ヘルベチカを処理せずにRが使えるんだけど、普通持ってないよねっていう。

 

タイポ子の部屋は毎回書体をゲストにお招きして、言いたい放題言うコーナーです。

クリエイティブ精神論

アイディアを思いつくのなんて簡単だ
いくらでも思いつく。
本当に難しいのはそれを実現することである。

だが実現するのも実は簡単だ
特別な技術は必要ない。
たった1つのものがあればいいのである。

それは「絶対実現する」という意志だ

イラレ上の文字サイズの目安になる箱データ

 

scaler-2イラレ上の文字が何級か、というのをいちいち文字パネルに視線を移して調べるのが面倒なので、だいたいの目安になるボックスが手元にあれば、何かと便利かなあと思いまして作りました。(略して目安箱?)自由に落とせるようにしておきますので、つまらないものですが良ければどうぞ。

とりあえず5級〜25級まで測れます。おまけで、30cm定規もついてます。標準でついている定規機能もあるけど、なんかイマイチなので。

 

 

画面を拡大縮小しまくっていると、今どれぐらいのサイズで作っているのか現実感を失いがちですよね。これを横において作業していれば、無駄にでかい文字とか、小さい文字とかにしなくて済むかも。

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